
私が最も好んで聴くピアニスト、ロベール・カサドシュ
9月19日は、フランスの名ピアニスト、ロベール・カサドシュがこの世を去った日である。1972年のことであった。私にとってカサドシュは数ある20世紀の巨匠の中でも、とりわけ愛聴しているピアニストであり、最も好ましく聴いている存在の一人である。
カサドシュの演奏には、フランス人らしい洗練された気品が漂う。しかし、その上品さは決して自己陶酔や感傷に流れるものではない。音楽に対して常に節度を保ちながら、明晰でスタイリッシュな表現を貫くところに彼の真価がある。聴き手に媚びることなく、それでいて自然に心を惹きつける演奏は、今日聴いても少しも古びることがない。
彼はドビュッシーやラヴェルといったフランス音楽の代表的な解釈者として知られるが、それだけではない。モーツァルトの作品では透明感と均衡の取れた美しさを示し、さらにベートーヴェンやシューマンなどドイツ音楽にも深い理解を見せている。フランス的な色彩感とドイツ音楽への敬意が見事に融合していることこそ、カサドシュの大きな魅力である。
また、彼は音楽一家に生まれ育った。甥のジャン=クロード・カサドシュは著名な指揮者として活躍し、その孫にあたるトーマス・エンコは現代のジャズ・ピアニストとして国際的な評価を受けている。世代を超えて音楽の才能が受け継がれていることにも興味を惹かれる。
録音では、妻であるギャビー・カサドシュとの共演が特に素晴らしい。夫婦ならではの呼吸の合った演奏には温かさと品格があり、カサドシュ芸術のもう一つの魅力を伝えてくれる。さらに、夫婦と息子ジャンによる録音も貴重であり、ぜひ聴いていただきたい名演である。
私は、20世紀のピアニストの中で最も美しいピアノの音色を聴かせてくれる存在の一人がカサドシュだと考えている。その美しい響きは天性の才能だけによるものではない。生涯にわたり修練を怠らなかったこと、卓越した演奏技巧を磨き続けたこと、音楽一家に育まれた豊かな教養、そしてフランスとドイツの偉大な作曲家たちへの深い敬意と畏怖の念が、その音に結実しているのだろう。さらに、フランスのピアニストとしての誇りと矜持を生涯にわたって守り続けたことも見逃せない。
華麗さを競うヴィルトゥオーゾや個性の強烈な巨匠は数多い。しかし、品格と知性、節度と美しさをこれほど高い次元で兼ね備えたピアニストは稀である。ロベール・カサドシュは、私にとって「美しい音とは何か」を教えてくれる存在であり、これからも折に触れて聴き続けたいピアニストである。
