9月19日――レコード盤の中に残された「空間」を聴く
ヴィンテージ・レコードを聴くとき、曲名や演奏家だけでなく、その音がどこで、どのような空間のなかで生まれたのかに耳を向けてみると、レコード盤は少し違った姿を見せる。
今日、9月19日の聴きどころは、ジャズにおける二つの異なる音響である。
ひとつは、講堂に演奏者と聴衆が集まり、その一夜の空気そのものを録音する音楽。もうひとつは、スタジオという限られた空間のなかに、楽器の位置や音色を組み立てていく音楽である。
その違いを聴き比べるために、まずエロール・ガーナーの『Concert by the Sea』を置き、続いてクインシー・ジョーンズの『This Is How I Feel About Jazz』関連セッションを聴いてみたい。
1955年9月19日――エロール・ガーナー、海辺の講堂
1955年9月19日、カリフォルニア州カーメル=バイ=ザ=シーのサンセット・スクール講堂で、エロール・ガーナー、エディ・カルホーン、デンジル・ベストのトリオが演奏した。
この録音が後に『Concert by the Sea』として世に出る。
Concert by the Sea
ここで面白いのは、録音された音楽だけを聴こうとしないことである。
ガーナーのピアノには、打鍵の強さと同時に、その音が講堂のなかへ放たれたあとの余韻がある。ベースとドラムがその空間のなかに置かれ、三人の音の周囲には、録音室の無菌的な静けさとは違う、聴衆のいる場所の気配がある。
ガーナーの奔放なルバート、左手の強い推進力、突然ふっと時間を緩めるような右手。
それらは譜面だけでは完結しない。
ピアノの音が壁に当たり、少し遅れて戻ってくる。その戻ってきた音を含めて、私たちは演奏を聴いている。
つまりここでは、講堂そのものが第四の演奏者なのである。
LPで聴くなら、ピアノの一音一音を「近くで聴く」のではなく、その音がどこまで広がって消えていくかに耳を澄ませたい。
そうすると、『Concert by the Sea』は単なる名演奏の記録ではなくなる。
それは、1955年9月19日の夜という、二度と再現できない時間の保存装置になる。
1956年9月19日――クインシー・ジョーンズ、音響を建築する
一年後の9月19日には、まったく別の聴き方ができる。
クインシー・ジョーンズによる『This Is How I Feel About Jazz』関連セッションである。
This Is How I Feel About Jazz
録音にはチャールズ・ミンガス、アート・ファーマー、フィル・ウッズ、ラッキー・トンプソン、ミルト・ジャクソン、アート・ペッパー、ズート・シムズなど、当時のジャズを代表する奏者たちが参加している。
ここでは、ガーナーの録音とは逆方向へ耳を向けてみる。
大人数の管楽器がいるからといって、ただ音が大きくなっているわけではない。
誰を前へ出すのか。
どの楽器を重ねるのか。
金管をどこまで厚くし、木管をどこに置くのか。
そして、ミルト・ジャクソンのような音色の強いソリストを、巨大なアンサンブルのなかでどう浮かび上がらせるのか。
そこには、音場そのものを設計する編曲家としてのジョーンズがいる。
1955年のガーナーでは、空間が演奏を包んでいた。
1956年のジョーンズでは、演奏そのものが空間を組み立てている。
この違いは、ヴィンテージLPで聴くと実に興味深い。
大編成だからといって、全部の楽器を同じ強さで聴こうとしないことだ。
むしろ、
「いま、どの楽器が前にいるのか」
と問いながら聴いてみる。
すると、編曲というものが、楽譜上の音符の集合ではなく、音響の立体設計として立ち上がってくる。
なお、このアルバムは9月14日、19日、29日など複数日にわたって録音されており、9月19日は中心的なセッション日の一つとされる。したがって、今日の日付をアルバム全体の録音日に置き換えるのではなく、9月19日のセッションという録音史の一点から作品を聴くのがよいだろう。
そしてロックへ――9月19日は「スタジオ」と「ステージ」をもう一度入れ替える
ジャズの二枚を聴いたあと、ロックへ移ると、同じ問題が別の形で現れる。
まず1968年9月19日。
Piggies
ジョージ・ハリスンの「Piggies」は、この日に基本トラックが録音され、11テイクが作られた。後の追加録音を経て、The Beatles、いわゆる『ホワイト・アルバム』に収録される。
ここで聴きたいのは、曲の風刺性だけではない。
『ホワイト・アルバム』には、ビートルズが一つの均質な「バンド・サウンド」から離れ、曲ごとに異なる音響世界を作り始めていたことが刻まれている。
「Piggies」は、その象徴のひとつだ。
つまり、ここでもレコードは「演奏を保存したもの」であると同時に、スタジオで作られた作品そのものなのである。
1970年9月19日――グレイトフル・デッド、ステージを録音する
そしてもう一度、空間が反転する。
1970年9月19日のグレイトフル・デッド。
Turn On Your Love Light
フィルモア・イーストで演奏された「Turn On Your Love Light」は、R&Bの楽曲をグレイトフル・デッドが長尺の即興へと展開していく、彼らのライヴ文化を考えるうえで重要な演奏である。
ここでは、スタジオのように音を整理しすぎる必要がない。
むしろ、演奏がどこまで伸びていくのか分からないこと、その場の聴衆との関係によって音楽の時間が変化すること、それ自体が価値になる。
ピッグペンのヴォーカルとブルース的な語り、バンドの即興、そしてフィルモアという場所。
音楽は「曲」から少しずつ離れ、その夜にしか存在しない出来事へ変わっていく。
9月19日にLPを四枚聴くなら
今日の四つの録音は、単純な名盤のリストとしてではなく、**「音楽はどのように空間へ置かれるのか」**という一本の線でつないでみると面白い。
| 録音 | 年 | 聴きたいもの |
|---|---|---|
| エロール・ガーナー『Concert by the Sea』 | 1955 | 講堂の反射、ピアノの余韻、聴衆との距離 |
| クインシー・ジョーンズ『This Is How I Feel About Jazz』関連セッション | 1956 | 大編成の配置、音色の層、編曲による音場設計 |
| ビートルズ「Piggies」 | 1968 | スタジオで作り込まれる作品性、音響的な演出 |
| グレイトフル・デッド「Turn On Your Love Light」 | 1970 | ライヴ空間、即興、演奏と聴衆の時間 |
こうして続けて聴くと、ヴィンテージ・レコードの面白さは、単に「昔の音がする」ことではないと分かってくる。
録音された場所そのものが、音楽の一部として残っている。
講堂では、ピアノの音が壁へ触れる。
スタジオでは、トランペットやサックスの位置が編曲によって決められる。
別のスタジオでは、録音と追加録音を重ねながら、一曲の架空の世界が作られる。
そしてステージへ戻れば、観客を含んだ一夜の出来事が、そのまま録音物になる。
だからヴィンテージLPを聴くとき、私は曲の冒頭で一度だけ、こんな問いを置いてみる。
「この音は、どこに立っているのだろう」
ピアノは講堂のどこにあるのか。
ホーンはどこから鳴っているのか。
ベースは演奏者の身体の近くにあるのか、それとも少し遠くにいるのか。
そして、その音が消えたあとに、どれほどの空間が残るのか。
レコード盤の溝には、演奏だけではなく、音が生まれた場所と、その場所で流れていた時間まで刻まれている。
9月19日は、そのことを聴き分けるのにふさわしい一日なのである。
今日の聴きどころはジャズの二つの異なる音響――講堂のライヴ空間と、大編成スタジオの配置――を聴き分ける。
9月19日は、一夜の空気をそのまま保存したガーナーと、スタジオで音響の建築を組み立てるクインシー・ジョーンズが並びます。前者では、演奏者と聴衆の距離、ピアノの余韻、講堂の反射が音楽の一部になります。後者では、どの楽器を前に置き、どの金管を奥へ退かせるかという配置そのものが作曲です。LPで続けて聴くと、ライヴ録音における空間の自然さと、スタジオ録音における音場の設計の違いが、はっきり立ち上がります。

1955年9月19日|エロール・ガーナー『Concert by the Sea』
演奏者:エロール・ガーナー(p)、エディ・カルホーン(b)、デンジル・ベスト(ds)
録音場所:サンセット・スクール講堂(現サンセット・センター)、カーメル=バイ=ザ=シー、カリフォルニア
この日のライヴ録音は、のちにジャズ史上屈指のベストセラーとなった『Concert by the Sea』として知られます。ガーナーの奔放なルバート、左手の推進力、三人の演奏が小さな講堂の空気と結びつき、スタジオで設計された音楽とは異なる「その夜だけの完成」を記録しました。LPでは、ピアノの打鍵の粒立ちと、会場の自然な反射が一体になって聴こえる点が魅力です。
1956年9月19日|クインシー・ジョーンズ『This Is How I Feel About Jazz』関連セッション
演奏者/指揮者:クインシー・ジョーンズ(編曲・指揮)、チャールズ・ミンガス、アート・ファーマー、フィル・ウッズ、ラッキー・トンプソン、ミルト・ジャクソン、アート・ペッパー、ズート・シムズほか
録音場所:Beltone Recording Studios, New York(作品全体にはロサンゼルス録音も含む)
アルバムは1956年9月14日・19日・29日などに分けて録音され、9月19日はその中心的なセッション日の一つです。ジョーンズが大編成ジャズを、単なるビッグバンドの迫力ではなく、音色・対位法・編曲の構造として扱った初期の代表例であり、後年の映画音楽やポップス制作へ向かう彼の原点でもあります。大人数の管楽器を整理しながら、個々の奏者の輪郭を消さない設計は、LPで聴くと編曲の層が見えやすくなります。日付はアルバムのセッション記録として確認できますが、9月19日に録音された曲目の細部は資料によって差があります。
今回はロックでは、1968年のスタジオ録音と1970年の歴史的ライヴ録音から、9月19日に実際に録音された代表例を選びました。
The Beatles — “Piggies”
録音日: 1968年9月19日
レコード/作品名: The Beatles(通称『ホワイト・アルバム』)
ジョージ・ハリスン作の風刺的な楽曲で、ビートルズ後期の多彩な作風を示す代表例です。この日に基本トラックを録音し、11テイクが作られました。後の追加録音を経て、アルバム収録版として完成します。
Grateful Dead — “Turn On Your Love Light”(ライヴ録音)
録音日: 1970年9月19日
レコード/作品名: Fillmore Eastでのライヴ演奏。後年、ライヴ音源・アーカイブ作品で扱われる代表的パフォーマンス
ジョーゼフ・スコット/デドリック・マローン作のR&B曲を、グレイトフル・デッドが長尺の即興演奏へ発展させた定番曲です。ピッグペンのブルース/サイケデリックな語りと、1969〜72年のショー終盤を飾る演奏として知られています。
